日時: 2024年4月26日(金)14:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究8号館2階講義室2
講演者:
曽我 幸平 氏 (慶応義塾大学)
講演題目:
解析力学/流体力学/Hamilton-Jacobi方程式に関するいくつかの考察
講演概要:
話題1: 解析力学で最も基本的な原理の1つとして「最小作用の原理」がある。最小化元(作用の最小値を実現する軌道)の存在に関する厳密な論証は20世紀に入ってから絶対連続関数とL^1-弱収束の概念を用いてなされた(Tonelliの変分法)。微分方程式の解を離散近似によって構成するEuler法と作用積分を近似するRiemann和を組み合わせると、C^2級関数のクラスにおける初等的な議論のみで最小化元の存在を示すことが可能である。
文献: S., A Remark on Tonelli’s Calculus of Variations, Russian Journal of Nonlinear Dynamics (2023)
話題2: Hamilton系の軌道を束ねることによってHamilton-Jacobi方程式の古典解を局所的に構成する手法を「特性曲線の方法」という。大域的な古典解は一般に存在しないため、粘性解と呼ばれる弱解のクラスが1980年代に導入された。Hamiltonianが強凸かつ優線形な場合、粘性解は作用の最小値と最小化元によって表示され、特性曲線の方法をある意味で一般化することができる。Fathiの弱KAM理論は、この事実に基づき、(近)可積分性を仮定せずにHamilton系のregular運動を論じた。時空間を離散化した格子上でrandom walkとその作用を導入し、作用を最小にする遷移確率を探す問題を考えると、Hamilton-Jacobi方程式の良く知られた差分法による離散近似と弱KAM理論に類似の構造が現れ、random walkの双曲型スケール極限を取ることで弱KAM理論が(部分的に)現れることを見る。
文献: S., Weak KAM theory for action minimizing random walks, Calculus of Variations and Partial Differential Equations (2021)
話題3: 流体運動のLagrange記述では、流体を仮想的な粒子の集団とみなして初期位置でタグを付け、その軌跡を追跡する写像を考える。 この写像は、Euler記述による流体の速度場が定める常微分方程式のflow mapに他ならない。流体運動における単純な移流現象は、この写像またはEuler記述の速度場が定める線形輸送方程式によって解析可能である。典型的な例として、水/油などの二相流体の自由境界をある関数のゼロ等高面として追跡する問題がある。この関数(等高面関数)は線形輸送方程式の解となる。計算流体力学において、等高面関数の変化率をゼロ等高面上で安定化させるために、線形輸送方程式ではなく、元々のゼロ等高面を変えないあるHamilton-Jacobi方程式を使う方法が提案された。粘性解理論によってこの方程式の粘性解クラスでの適切性とゼロ等高面の不変性が得られ、さらに特性曲線の方法を駆使することで、粘性解のゼロ等高面近傍における正則性(滑らかさと1階微分の先見的有界性)が得られることを見る。
文献: Bothe , Fricke and S., Mathematical analysis of modified level-set equations, preprint (2023)
日時: 2024年5月25日(土)15:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究10号館3階317セミナー室
講演者:
石渡 哲哉 氏 (芝浦工業大学)
講演題目:
爆発問題についてのいくつかの話題
講演概要:
非線形微分方程式に現れる特徴的な解の1つとして、有限時間で爆発する解に焦点をあて、いくつかの話題についてこれまでの考察や予想について紹介する。
話題1.ある準線形放物型方程式の初期値境界値問題を考える。この問題の解は、初期関数の台の広さによって解が爆発するか時間大域的に存在するかが分かれる。解が爆発する場合、爆発レートに関して2種類に大別され、本講演では主にタイプ2と呼ばれる爆発解について考察した結果を話す。この話題は穴田浩一氏、牛島健夫氏との共同研究の内容である。
話題2.時間遅れをもつ微分方程式の爆発解についての考察した結果を話す。まずはじめに、講演者が最初に興味をもった遅延誘導爆発についての話題を話す。その次に、定数遅れ、および分布型遅れについて、ODEとの比較を通し、時間遅れが解の爆発に与える影響についてこれまで得られた内容を説明する。この話題は、主に中田行彦氏との共同研究の内容である。
話題3.ドリフト係数、拡散係数がともに解の冪乗で与えられている確率微分方程式を考える。この確率微分方程式では、各係数に現れる冪の指数に関するある条件下で確率1で爆発することが知られていたが、その他の場合に対する結果や数値的予測について紹介する。この話題は梁英哲氏との共同研究である。時間があれば数値計算を実行する際に新たな問題として出てきた数値解の正値性についての考察も紹介する。
日時: 2024年6月28日(金)15:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究7号館1階情報3講義室
講演者:
籔野 浩司 氏 (筑波大学)
講演題目:
機械システムに発生する非線形現象の解析・制御・利用
講演概要:
機械システムに発生する非線形現象の発生メカニズムについて実験ビデオを交えながら解説する.まず,ピッチフォーク分岐の具体例として圧縮荷重を受ける長柱の座屈,軸方向に周期加振を受ける長柱のパラメトリック共振,さらにHopf分岐およびHamilonianホップ分岐の例として高速鉄道車両に生じる自励振動などを取り上げ,非線形解析によってその発生メカニズムを明らかにする.次にこれらの非線形現象の安定化法を提案し模型実験によってその有効性を確かめる.さらに微小質量の超高感度計測などに見られる,非線形現象の積極的な利用例をいくつか紹介する.本発表は主として弱非線形系に関するものであるが,最後にKapitza Pendulumの大域的なダイナミクスの解析法,その非線形特性を利用したロボットマニピュレータの運動制御について触れたい.
日時: 2024年7月26日(金)15:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究7号館1階情報3講義室
講演者:
高安 亮紀 氏 (筑波大学)
講演題目:厳密な数値求積による微分方程式のモノドロミーの構築
講演概要:
本講演では、複素領域における有限次元線形微分方程式のモノドロミー作用を求める構成的アプローチを紹介する。モノドロミー作用は微分方程式の解の多値性を特徴付けるものであり、複素領域の位相的性質を反映するものである。我々のアプローチは、領域内の基点における基本解から微分方程式を厳密に数値積分する方法に基づいており、これは微分方程式の解の複素領域における解析接続と等価である。一般に、解析接続を実行する領域が単連結であれば、モノドロミー作用は恒等作用であり、これは領域の基本群の単位元に相当する。一方で、領域内に特異点がある場合、特異点を囲むループに沿って解析接続すると、モノドロミー行列と呼ばれる正則行列が得られる。したがって、区間演算に基づく解析接続によりモノドロミー行列の厳密な包含を構築することで、基本群から一般線形群への群準同型を表す非自明なモノドロミー作用(モノドロミー表現)を提供することができる。講演では、まず超幾何微分方程式のモノドロミー行列を求める簡単な例から説明を始め、複素2次元の複素多様体であるK3曲面に関するPicard-Fuchs微分方程式のモノドロミー作用の厳密な構成に対する計算機援用証明の結果を紹介する。さらに、荷電ブラックホールの対生成モデルに対するモノドロミー行列の応用例や、微分ガロア理論に基づくMorales-Ramis理論を利用した力学系の非可積分性の計算機援用証明の例も取り上げる予定である。
日時: 2024年10月26日(土)14:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究10号館3階3階317セミナー室
講演者:
三竹 大寿 氏 (東京大学)
講演題目:
ハミルトン・ヤコビ方程式の均質化理論
講演概要:
本講演ではハミルトン・ヤコビ(HJ)方程式の均質化理論について基本的な部分の解説から始め,近年発展してきている定量的均質化理論まで概説したいと思います.セミナーの趣旨から非専門家向けの内容も含めて,ゆっくりと解説したいと思っております.具体的には次の内容です.
(1) 定性的均質化理論.均質化理論とは材料工学に端を発する用語です.細かく複雑なミクロ構造を持った材質にも関わらず,その上で物理現象を考察するとマクロスケール的に均質の取れた挙動が起きることがあります.この時,「均質化現象が起きる」といいます.数学的には空間的または時間的に激しく振動する係数を持つ偏微分方程式の解や微分作用素が何らかの意味で一様な関数や微分作用素に収束するかしないかを考察する問題です.この問題は 1970 年頃に線形偏微分方程式に対して体系的な研究が始まり,非線形方程式についても多くの研究があります.本講演では,界面運動,解析力学,最適制御といった分野に現れる 1 階完全非線形偏微分方程式の一つである HJ 方程式に焦点をあてて考えます.HJ 方程式の均質化問題の研究は Lions-Papanicolaou-Varadhan (1987)によって,粘性解理論の枠組みで始められ, Evans (1989) によって導入された摂動テスト関数法により広い範疇の方程式に対して解の収束が確立されました.これを定性的均質化理論と呼びます.まずはこの定性的理論について丁寧に説明したいと思います.粘性解理論を基本的な道具として使いますが,技術的説明にならないよう直感的に理解できるように説明したいと思います.一部,粘性解の基本知識を前提とする所があると思いますが,全体像を把握する上では問題ないと思います.
(2) 定量的均質化理論.定性的性質が十分に研究されると定量的解析が主流となることが多いです.実際,線形方程式に対して, 2010 年頃から 1970 年代に始まった均質化理論が見直され, S. Armstrong,C.E. Kenig,F. Lin,F. Otto,Z. Shenや,他にも多くの研究者によって解の収束率やその最適性に関する研究が進展し,現在でも研究が活発にされている分野です.HJ 方程式の均質化問題の定量的解析は CapuzzoDocetta-Ishii (2001) による先駆けたものがあります.粘性解理論における2重変数法を巧みに利用することで収束率 O(ε1/3) が得られました.しかし,この証明を見る限り O(ε1/3) が最適収束率であるとは考えづらいです.一方で,方程式の非線形性の強さから解析道具が少なく20年間もの間,実質的な改良を与える結果は一切ありませんでした.形式的漸近展開による考察では O(ε) と予想されます.このことを動機にMitake-Tran-Yu (2019) では,凸型 HJ 方程式に対して収束率が O(ε) であることと,その最適性について部分的に証明を与えました.その手法は凸型 HJ 方程式の最適制御を利用した解公式を直接的に使うものです.その後, Tran-Yu (2024) ではトポロジーの研究で高明な D. Burago の曲線切断補題を利用して一般次元における凸型 HJ 方程式の均質化問題の最適収束率は O(ε) であることを確立しました.本講演では,この凸型 HJ 方程式の定量的均質化理論について概説します.非凸型 HJ 方程式の均質化問題における予想問題についても触れたいと思います.
(3) 穴あき領域における状態拘束境界値問題.凸型 HJ 方程式の定量的均質化理論の発展の一つで,穴あき領域における状態拘束境界値問題についての最近の研究について触れたいと思います.なお,この研究は Y. Han (Purdue 大学),W. Jing (清華大学), H. V. Tran (Wisconsin 大学 Madison 校) との共同研究に基づくものです.
日時: 2024年11月2日(土)15:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究10号館3階3階317セミナー室
講演者:
中尾 裕也 氏 (東京科学大学)
講演題目:非線形力学系の動的縮約に対するKoopman作用素論的アプローチ
講演概要:
非線形力学系を次元削減して簡潔な運動方程式によって近似的に記述する動的縮約法は古くから発展してきた。近年、Koopman作用素論に基づく議論の導入により、動的縮約法に対する新たな観点が与えられた。本セミナーでは、Koopman固有関数による力学系の大域線形化と次元削減の簡単な説明の後、以下の話題について述べる。(i) 漸近安定なリミットサイクルを持つ非線形振動子の位相振幅縮約。位相縮約は非線形振動子の同期現象の解析に大きな役割を果たしてきた理論手法である。近年、非線形振動子の漸近位相・振幅とKoopman固有関数の関係が明らかにされ、位相縮約法がリミットサイクルからの逸脱も捉えられる位相振幅縮約法に一般化された。その導出と応用の概略を述べ、観測時系列からの漸近位相と振幅を推測するデータ駆動的手法に触れる。(ii) 他の力学系への展開。同様のKoopman作用素に基づく動的縮約法の一般論は、形式的には様々な力学系に展開できる。その簡単な例として、解析的に解ける偏微分方程式であるBurgers方程式に対する定式化と、最も単純な有限状態系である基本セルオートマトンに対する定式化に触れたい。
関連文献:
[1] A. Mauroy, I. Mezic, Y. Susuki, The Koopman operator in systems and control, Springer (2020)
[2] A. Mauroy, I. Mezic, and J. Moehlis, Isostables, isochrons, and Koopman spectrum for the action–angle representation of stable fixed-point dynamics, Physica D 261, 19-30 (2013).
[3] S. Shirasaka, W. Kurebayashi, H. Nakao, Phase-amplitude reduction of transient dynamics far from attractors for limit-cycling systems, Chaos 27, 023119 (2017).
[4] H. Nakao and I. Mezic, Spectral analysis of the Koopman operator for partial differential equations, Chaos 30, 113131 (2020).
[5] K. Taga et al., Koopman spectral analysis of elementary cellular automata, Chaos 31, 103121 (2021).
日時: 2024年11月16日(土)15:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究10号館3階3階317セミナー室
講演者:
西口 純矢 氏 (東北大学)
講演題目:
遅延系と遅延力学系
講演概要:
考えている系を数学的に状態変数を用いて表しその状態変数の変化を数学的に表現することで数理モデルを得ることは,数学・数理科学研究における常套手段である.「時間の経過とは変化の双対である」という視点に立てば,状態変数の変化とは状態変数の時間発展のことに他ならない.このようにして,微分方程式や差分方程式などの時間発展方程式を数理モデルとして得る.得られた時間発展方程式が決定論的であるとき,「状態変数が力学系の意味での状態に等しい」ということは因果律の1つの表現であると言える.しかしながら,状態変数の変化(あるいは状態変数の時間発展)が「状態の過去の情報にも依存する」ような遅延系 (retarded system) においては,このような表現はもはや正しくない.連続時間遅延系の微分方程式による記述である遅延微分方程式 (retarded differential equation) の解の振る舞いが驚くほど複雑な様相を見せるのは,このような表現が正しくないことの証左であるとも言える.
この講演では,遅延系とその力学系表現である遅延力学系 (retarded dynamical system) について,講演者の考えも交えながら非専門家向けに解説する.内容としては,講演者がこれまで行ってきている以下の話題に触れる予定である:
1. 遅延関数微分方程式 (retarded functional differential equation) の定式化とその初期値問題の考え方,
2. 遅延積分 (retarded integral) を用いた,線型の遅延関数微分方程式の取り扱いとその軟解概念,
3. 具体的な非線型遅延微分方程式の平衡点における中心多様体の近似計算について.
日時: 2024年11月30日(土)15:00~
場所:
京都大学 吉田キャンパス本部構内総合研究10号館3階3階317セミナー室
講演者:
吉村 浩明 氏 (早稲田大学)
講演題目:
離散ディラック構造,離散ラグランジュ・ディラック系及びその離散変分構造
講演概要:
配位多様体上のディストリニューションから誘導される余接バンドル上のディラック構造は,ラグランジュ・ディラック系の幾何学的構造として良く知られている.また,このようなディラック力学系には,ラグランジュ・ダランベール・ポントリヤーギン原理と呼ばれる,ハミルトンの原理を一般化した変分構造が存在し,それらの枠組みを用いることによって,非ホロノミックな力学系だけでなく,非平衡熱力学系を含む多くの複雑な力学系の数学的定式化が可能となっている.一方,離散系の枠組みでは,離散ハミルトンの原理に基づいて離散オイラー・ラグランジュ方程式を定式化する,いわゆる変分的積分法が開発されており,離散フローに沿って離散ラグランジュ2形式と呼ばれる離散シンプレクティック構造を保存する数値解法となることが知られている.そのアイデアを非ホロノミック系に拡張した,非ホロノミック積分法は長時間にわたって数値的に安定な積分法となるものの,シンプレクティック構造の保存性は破れており,構造保存かどうかは未だ十分に解明されていない.本研究では.ディラック構造とそれに付随するラグランジュ・ディラック系の離散構造を明らかにすることで,非ホロノミック積分法が構造保存であることを示す.そのために,まず,(+),(-)形式の有限差分写像を用いて,余接バンドル上の正準1形式及び2形式の離散化を行い,非ホロノミック拘束を離散化して,余接バンドル上の離散ディラック構造を定義する.また,余接バンドル上のTulcyzjewのtripleと呼ばれる高階のバンドル構造の離散化を行い,ラグランジアンのディラック微分について離散化を行うことにより,(+),(-)形式の離散ラグランジュ・ディラック系が導かれることを示す.さらに,それらに付随して,(+),(-)形式の離散ラグランジュ・ダランベール・ポントリヤーギン原理が存在することを示し,それから導かれる離散ラグランジュ・ダランベール・ポントリヤーギン方程式が離散ディラック構造を保存するスキームとなることを示す.