■ エノン・ハイレス系
\[
\dot{x}_1=x_3,\quad
\dot{x}_2=x_4,\quad
\dot{x}_3=-x_1-c x_2^2-d x_1^2,\quad
\dot{x}_4=-x_2-2c x_1 x_2,\quad
(x_1,x_2,x_3,x_4)\in\mathbb{R}^4\qquad
\text{($c,d$は定数)}
\]
天文学者のエノン (Michel Hénon) と ハイレス (Carl Heiles) は,
1964年に発表された論文で$c=1$,$d=-1$ の場合に対して,
(当時は貴重なコンピューターを用いて) 数値シミュレーションの結果を与えたので,
上の微分方程式系には彼らの名前が付けられている.
なお,エノンはエノン写像を提案した人物と同一である.
一般に,$n$ を自然数,$q.p\in\mathbb{R}^n$,$H(q,p)$ をスカラー値関数として,
\[
\dot{q}=\mathrm{D}_pH(q,p),\quad
\dot{p}=-\mathrm{D}_qH(q,p)\qquad
\text{($\mathrm{D}_q,\mathrm{D}_p$は変数$q,p$に関する偏微分を表す)}
\]
で与えられる力学系はハミルトン系と呼ばれ,
$H(q,p)$ をハミルトン関数
あるいはハミルトニアンという.
また,$n$ を自由度,$q$ と $p$ を,それぞれ,
座標と運動量という.
特に,ハミルトン系では,
\begin{align*}
\frac{d}{dt}H(q(t),p(t))
=&\mathrm{D}_qH(q(t),p(t))\dot{q}(t)+\mathrm{D}_pH(q(t),p(t))\dot{p}(t)\\
=&\mathrm{D}_qH(q(t),p(t))\mathrm{D}_pH(q(t),p(t))
+\mathrm{D}_pH(q(t),p(t))(\mathrm{D}_qH(q(t),p(t)))=0
\end{align*}
となるから,ハミルトン関数は保存する.
エノン・ハイレス系も,座標を $q=(x_1,x_2)$,運動量 $p=(x_3,x_4)$ として,
ハミルトン関数
\[
H(q,p)=\frac{1}{2}(x_1^2+x_2^2+x_3^2+x_4^2)+cx_1x_2^2+\frac{1}{3}dx_1^3
\]
をもつ2自由度ハミルトン系である.
$c=0$ の場合,エノン・ハイレス系は独立な2つの1自由度ハミルトン系
\[
\dot{x}_1=x_3,\quad
\dot{x}_3=-x_1-d x_1^2
\]
と
\[
\dot{x}_2=x_4,\quad
\dot{x}_4=-x_2
\]
に分割される.
ここで,ハミルトン関数は,1番目の系に対しては
\[
H_1(x_1,x_2)=\frac{1}{2}(x_1^2+x_3^2)+\frac{1}{3}dx_1^2,
\]
2番目の系に対しては
\[
H_2(x_2,x_4)=\frac{1}{2}(x_2^2+x_4^2)
\]
となる.
2番目の系は調和振動子である.
いくつかの初期条件に対して,これらの2つのハミルトン系の軌道を描いてみよう.
- "hh1.py"を使用
(クリックすると,Pythonのプログラムをダウンロード可能)
$d=-1$ のときの1番目のハミルトン系の軌道
黒線は周期軌道,青線は非有界な軌道である.
さらに,$t\to\pm\infty$ のとき不安定な平衡点 $(x_1,x_3)=(1,0)$ に漸近する
ホモクリニック軌道が赤線でプロットされている.
また,$(x_1,x_3)=(1,0)$ は安定な平衡点である.
- "hh2.py"を使用
2番目のハミルトン系の軌道
原点は安定な平衡点であり,$x_2-x_4$平面は周期軌道で覆いつくされる.
どちらの場合も,他の微分方程式系の例と異なり,
ある領域の初期点から出発した軌道が,$t\to\infty$ のとき,
ある特定の軌道に収束するということは起きていない.
これは,ハミルトン関数が保存するため,その値が一定となる相空間 (上の場合では平面) よりも
次元が1小さい空間 (上の場合は曲線) に軌道が制限されるためである.
一般に,相空間において,ある関数の値が一定となる空間をその関数の
レベル集合という.
上の2つのハミルトン関数 $H_1$ と $H_2$ のレベル集合は,
平衡点,周期軌道,ホモクリニック軌道あるいは非有界軌道のひとつ,
あるいは複数からなる.
特に,ひとつの平衡点や周期軌道,あるいは平衡点とホモクリニック軌道からなる
連結で閉かつ有界,
したがってコンパクトな部分集合を含んでいる.
4次元相空間におけるエノン・ハイレス系の軌道は,
上の $(x_1,x_3)$-平面と$(x_2,x_4)$-平面の軌道を組み合わせた軌道となる.
特に,$(x_1,x_3)$-平面上の軌道から周期軌道を選ぶと,一般には,
周期は $(x_2,x_4)$-平面上の周期軌道のものの無理数倍になるから,
その軌道は準周期的となる.
$c\neq 0$ の場合を考えよう.
$x_2,x_4=0$ とおくと,エノン・ハイレス系の第2式と第4式の右辺は零となるから,
$(x_1,x_3)$-平面は不変で,その上の軌道は $c=0$ の場合と同様になる.
ハミルトン関数と独立な第1積分と呼ばれる保存量が存在するとき,ハミルトン系は可積分であるという.
$c=0$ の場合も,$H_1(x_1,x_3)$ と $H_2(x_2,x_4)$ はエノン・ハイレス系のハミルトン関数 $H(q,p)$ とは独立な第1積分であり,可積分となる.
他に,エノン・ハイレス系が可積分となるのは
\[
\frac{c}{d}=\frac{1}{6},\frac{1}{2},1
\]
の場合に限ることが数学的に証明されている.
一般に,2自由度ハミルトン系では,
ハミルトン関数と独立な第1積分のレベル集合が連結かつコンパクトならば,
その上で軌道は準周期的となることが知られている (アーノルド・ヨストの定理).
可積分な場合の例として,$c,d=1$ の場合を考える.
ハミルトン関数と独立な第1積分は次式で与えられる.
\[
F(q,p)=x_3x_4+x_1x_2(x_1+1)+\frac{1}{3}x_2^2
\]
初期値をレベル集合 $H=0.1$ 上に $x_1=0$, $x_2=0.1$, $x_3=0.1$,
$x_4=0.435889\ldots$ とおく.
このとき, $F=0.0829223\ldots$ である.
ハミルトン関数とそれと独立な第1積分は保存し,
その結果,軌道はある2次元多様体に留まり続ける.
エノン・ハイレス系の相空間の次元は4次元であるが,
4次元空間内の軌道を描くのは困難なので,
軌道の平面あるいは3次元空間への射影を描いてみよう.
このように,軌道は準周期的であるようであるが,多少疑問が残る.
そこで,周期外力の作用するダフィング方程式や
周期外力の作用するファン・デル・ポール方程式とは異なる,ポアンカレ写像
\[
P:(x_1(0),x_3(0),x_4(0))\mapsto(x_1(T),x_3(T),x_4(T))
\]
の軌道をプロットする.
ここで,$x_2(0)=0,\dot{x}_2(0)>0$ および $T=\min\{t\mid x_2(t)=0,\dot{x}(t)>0\}$,すなわち,
$T$ は断面 $x_2=0$ を速度正で出発した軌道が再びその断面を速度正で横切る最小の時間を表す.
$P$の軌道は閉曲線を描き,エノン・ハイレス系の軌道は準周期的であることがわかる.
ハミルトン関数は一定に保たれるので,
エノン・ハイレス系の軌道は3次元曲面上を運動し,$P$ の軌道は2次元曲面に制限されることに注意する.
レベル集合 $H=0.1$ 上のいくつかの初期条件に対して,ポアンカレ写像 $P$ の軌道を描いてみよう.
- "hh7.py"を使用
いくつかの初期条件に対するポアンカレ写像 $P$ の軌道
選ばれた初期条件に対しても軌道は準周期的であることがわかる.
ただし,一番外側の軌道は,つねに $(x_2,x_4)=(0,0)$ を満たし,
周期的である.
次に,エノンとハイレスが取りあげた $c=1$,$d=-1$ の場合を考える.
この場合は,上で述べたように,可積分ではなく,
よって,複雑な挙動がみられる.
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Latest Updating is on April 17, 2024.