非示量的な系におけるカルノーサイクルの熱効率

近年, 操作の重要性を意識して熱力学を公理論的にとらえようという立場があ り, その中では熱力学関数の示量性が仮定されている. 熱力学関数の示量性を 仮定すると, Gibbs-Duhemの関係式など熱力学変数間の数学的関係やCarnotの 定理が導ける. しかし, 重力相互作用やCoulomb相互作用などの長距離相互作 用が働く系では内部エネルギーに非示量性があり, この仮定は満たされない. Carnotの定理とは, 2つの熱源を用いる熱機関の最大効率が作業物質の種類や 系のサイズによらず2つの熱源の温度のみで決定されることを示した定理であ り, これは熱力学の最大の成果の1つである. Carnotの定理の証明の鍵は, 順 回転する機関と逆回転する機関を用意して順回転する機関の排出する熱量と逆 回転する機関の吸収する熱量が等しくなるように一方の系のサイズを調節する ことにより, 2つの機関を1つの熱源のみ使う1つの機関とみなすことであ る. 熱力学関数の示量性は, どのような2機関でも系のサイズを調節すれば一 方の排出する熱量ともう一方の吸収する熱量が等しくなることを保証するため に使われている. しかし示量性は強い条件であり, Carnotの定理については必 ずしも熱力学関数の示量性が必要ではなく, 熱機関の可逆性があれば十分であ る. そこで, 実際にカルノーサイクルの熱効率に示量性の有無が関係するかど うかを数値シミュレーションで調べた. モデルとして, 3次元空間で2体相互作 用する粒子が閉じ込められたピストン系を考え, カルノーサイクルの熱効率を 分子動力学法で計算した. 非示量的な長距離相互作用系として$1/r$ポテンシャルのモデル, 示量的な短 距離相互作用系として$1/r^4$ポテンシャルのモデルを導入してそれぞれの系 の熱効率比較する. ただし, $r$は相互作用する2体間の距離を表す. まず, そ れぞれの断熱曲線を数値シミュレーションで求め, 熱効率を計算するためのカ ルノーサイクルを決定した. そして, このカルノーサイクルでの吸熱量と排熱 量から熱効率を計算した結果, 熱効率は示量性の有無によらないことがわかっ た. また, この結果は系のサイズを変えても成り立つことがわかった. 吸熱量 と排熱量の系のサイズへの依存性を調べたところ, これらの熱量は同じべき則 に従うことがわかった. これはサイクルの可逆性から吸熱量と排熱量が質的に 区別されないためであると考えられ, そのため熱効率は系のサイズによらない ことが結論できる.