3自由度以上のハミルトン系における不変多様体を用いた遷移レ−トの計算 可積分な1自由度振り子系では、回転運動から振動運動へ、またその逆の状態 遷移は起こり得ない。しかし系の可積分性を崩す摂動(外力)が加わると、状態 遷移が起こり得る。このような遷移レートを一般の多自由度系で計算すること を目指し、本論文では、振り子と$n$個の調和振動子の結合系に非線形摂動が 加わった系における、振り子の自由度に関する状態遷移を調べる。 系のカオスが十分発達している場合は、Rice-Ramsperger-Kassel-Marcus 理論 や、canonical transition state 理論などの統計的手法により遷移レートを 求めることができる。しかし、カオスが十分発達しておらずエルゴード的でな い場合には、統計的手法を用いることはできず、力学的手法で遷移レートを求 める必要がある。力学的手法には、lobe dynamicsとtube dynamicsという2つ の計算法があり、両者とも相空間の断面上の不変多様体に囲まれた領域の体積 から遷移レートの計算を行うが、断面の取り方に違いがある。 lobe dynamicsに従うと、ある調和振動子の位相が一定となる断面を取る。そ の断面上でlobe と呼ばれる不変多様体に囲まれた領域の体積は、Melnikov 関 数によって計算することができる。しかしながら、lobe dynamicsは 2自由度 という特殊性を利用してるために、一般には3自由度以上の系には適用できな い。一方tube dynamicsに従うと、振り子の位相が一定の断面を取るため、3自 由度以上の系にも適用できる。しかし、不変多様体に囲まれた領域の体積を Melnikov関数によって計算することはできない。また、2つの計算法は共に断 面上の不変多様体で囲まれた体積を計算しているものの、両者の関係は知られ ていない。 そこで本論文では、lobe dynamicsとtube dynamicsの関係を明らかにし、両計 算法の利点を合わせた計算法を提案する。まず2自由度系において、両計算法 の等価性を示す。次に3自由度以上の系において、tube dynamics を経由して 疑似lobe を定義できることを示す。そして、疑似lobeとMelnikov関数を用い た遷移レートの近似計算法を導出する。最後に、%この近似計算法の数値計算 による検証を行う。遷移レートの計算結果を、この近似法に基づくものと運動 方程式の数値積分によるものとで比較した。近似計算法は、調和振動子の角周 波数が極端に低くなければ、よい近似を与えていることが確認できた。