相対論的水素原子のエネルギー準位構造 水素原子に対する非相対論的Schr\"{o}dinger方程式を解くと,非相対論的水 素原子は,系の回転対称性だけでは説明のつかないエネルギー準位の縮退を持っ ていることがわかる.縮退の背後には,系の対称性とそれに伴う保存量の存在 が期待される.実際,非相対論的水素原子には,角運動量の他に Laplace-Runge-Lenzベクトルと呼ばれる保存量があり,これによって非相対論 的水素原子のエネルギー準位の縮退は全て説明される. 一方,水素原子に対する相対論的Dirac方程式を解くと,非相対論的理論で は縮退していると考えられていたエネルギー準位が,実は互いに僅かに異なる エネルギーを持った複数のエネルギー準位に分かれているということが導かれ る.これを水素原子のエネルギー準位の微細構造という.但し,相対論効果に よって全ての縮退が解けてしまうわけではない.相対論的水素原子もCoulomb ポテンシャルの系であるから角運動量は保存し,これに伴う縮退が生じている. しかも,非相対論的水素原子より縮重度は小さいものの,やはり角運動量だけ では説明のつかない縮退が生じている.この縮退を説明する保存量として Johnson-Lippmann演算子が知られている. 実は,非相対論的な場合の縮退した状態同士は角運動量演算子と Laplace-Runge-Lenz演算子で遷移できる. 一方,相対論的な場合の縮退した状態同士は角運動量演算子と Johnson-Lippmann演算子で遷移できる.Johnson-Lippmann演算子は Laplace-Runge-Lenz演算子が相対論的修正を受けたものとみなすことができ る.それでは微細構造内の僅かに隔たった状態同士もLaplace-Runge-Lenz演 算子が何らかの相対論的修正を受けた演算子で関係付けられるのではないだ ろうか.なぜならば,微細構造内の離れた状態同士も非相対論的極限では同 一のエネルギー準位に縮退していたのであり,この状態同士は全て,角運動 量とLaplace-Runge-Lenz演算子で関係付いていたからである. 本研究では,相対論的水素原子の微細構造間遷移を与える演算子を群論的に特 徴付けて,この演算子が満たすべき必要条件を列挙し,この演算子の角度依存 性を一意的に決定することができた.