変形体の幾何と力学 角運動量を持つ物体は回転するが,逆は正しくない. 実際,アメーバなどの微 生物は,外力を受けることなく自らの力で変形を繰り返し,角運動量が0である にもかかわらず,結果的に回転することができる.これらの生物はできるだけエ ネルギーを使わずに変形を繰り返し,自らを回転させているに違いない. そこ で,このような生物の変形・回転運動をモデル化して解析した. 3次元の変形 体がある角度だけ回転し,元の形に戻ってくる際に,エネルギーの散逸が最も少 なくなるような変形を最適変形と考えて,最適化問題を解くことを目標にする. 議論を簡単にするため,変形は行列 $M \in GL( n , \mathbf{R})$ による線形 変形であるとすると,変形体の位置と速度は $GL( n , \mathbf{R}) \times \mathbf{R}^{n^{2}}$ によって表示することができる. $GL( n , \mathbf{R})$ は回転を表す部分 $O(n)$ と,純粋変形を表す部分 $\mathrm{Sym}( n , \mathbf{R})$ とに極分解することができる. 角運動量 を記述するには, $\mathrm{Sym}( n ,\mathbf{R})$ だけでなく$O(n)$ も必要 となるが,物体の散逸エネルギーは $\mathrm{Sym}( n , \mathbf{R})$ 上のみ で定義される散逸関数を用いて測ることができる. この散逸エネルギーを最 小化し,かつ角運動量が0であるような変分問題を設定し,最適変形が満たす微 分方程式を導出する. しかし,この微分方程式から, 3次元の変形体の最適変 形を具体的に見出そうとすると,計算が煩雑になってしまうことから,純粋変形 部分に少し制約を付けた正値対称行列を用いて計算することにする. 一般に は,この最適化問題を解く際,ある角度だけ回転し,元の形に戻ってくるという 終端条件を満たす解を発見するのは,適当に初期値を与えただけでは困難であ るが,境界値問題に対する射的法を用いて,数値的に最適解を求められることを 実例で示す.