量子探索アルゴリズムの幾何学
			日野 英逸
			   摘要

量子計算は量子力学を動作原理とする新しい計算法であり, 非常に活発に研究
が行われている. ランダムデータ探索問題に対して,Groverが提案した量子探索
アルゴリズムは従来の計算法では不可能な高速探索法であり,量子計算が盛んに
研究される契機となった成果の一つとして有名である. 現在では, 
Groverの探索アルゴリズムには様々なバリエーションが提案されている.
また, Groverの探索アルゴリズムを力学系として捉え,その力学的あるいは
幾何学的性質を調べる試みも,Wadati-Miyakeの論文などで試みられている.
Wadati-Miyakeの論文を動機として,Ishiwatariは複数データを配列順序も
考慮して探索するGrover型アルゴリズムを修士論文において提案し, 
アルゴリズムが生成する探索点列を力学的視点から特徴付けた.

本論文では, Ishiwatariの試みからの新たな展開として,順序付き
複数データを探索するGrover型量子探索アルゴリズムの背後に潜む
量子情報幾何学的な特徴を明らかにする.まず,
Ishiwatariによって提案された順序付き複数データ($m$個の$n$ビットデータ)
を探索するGrover型アルゴリズムをレビューし, 続いて,データ空間への
左$U(2^n)$作用を利用してデータ空間から自由度を逓減して得られる空間が,
$m$次密度行列のなす空間と同型であることを示す. すなわち,データ空間は
密度行列のなす空間を底多様体とするファイバー束構造を持つことを示す.
さらに,$m$次密度行列のなす空間に, データ空間から密度行列の空間への射影を
Riemann沈めこみとするようなRiemann計量を, データ空間のRiemann計量
から誘導し, その具体的な表示を与える. Grover型アルゴリズムが生成する探索
点列の$m$次密度行列のなす空間への射影が, このRiemann計量に関するある測地
線上を動くことも示す.

量子情報理論の視点からは,$m$次密度行列のなす空間には
量子統計理論において重要な量子Fisher計量を導入できることが知られている.
本論文の主結果として,$m$次密度行列のなす空間をファイバー束構造を持つ
データ空間の底多様体と捉えて得られるRiemann計量と, 量子情報理論の
視点から誘導される量子Fisher計量とが定数倍を除いて一致することを示す.
さらに, $m$次密度行列のなす空間上でvon Neumannエントロピーを
ポテンシャルとする勾配力学系の解のスペクトル変化を担う部分は, Nakamuraが
得た$m$変数多項分布のなす統計多様体上の勾配系の解と一致することを示す.