空間3体系の特異配位とは、
3体が衝突したり、一直線上に並ぶ配位を指す。
このような特異配位をとるときの、3体量子系の振舞いを調べた。
本論文では、特に3体が同一直線上に並ぶ特異配位の近傍での、
量子系の波動関数と回転エネルギーを考察した。

鍵となる考え方は、
3体量子系の波動関数の回転群による簡約化である。
この簡約化の手続きは、
回転群$SO(3)$上のフーリエ解析に基礎付けられている。
一般に、群作用素による簡約化の手続きの根本となる概念は、
コンパクトリー群の既約ユニタリー表現に関するピーター・ワイルの定理であり、
それは、同値でない全ての既約ユニタリー表現の行列要素が、
問題としている群上のフーリエ展開の基底を与えるということを主張している。

本論文では、空間3体系の波動関数を回転群の作用に関してフーリエ展開し、
それを利用して、特異配位での3体量子系の振舞いを幾何学的に調べる。
その結果、3体が一直線上に並ぶときの波動関数の値は、
その直線軸周りの角運動量が0のとき、0でない値をもち、
軸周りの角運動量が0でないなら、
波動関数はその配位に対して0となる。
これは、物理的にも自然な結果である。
今、折れ曲がった配位の3体系がある直線の周り0でない角運動量をもち、
その直線に沿った形状に変化していくとしよう。
すると、その直線のまわりの角速度は次第に速くなる。
この角速度の増大は、遠心力を増大させることになり、
逆に、3体系が一直線上に並ぶのを妨げる力となる。
即ち、ある直線の周りの角運動量が0でないなら、
その直線上に3体が並ぶ確率は低くなると予測されるのである。
従って、ここで得られた結果は、
この推測を裏付ける結果であるといえる。

また、回転群による波動関数の簡約化と平行して、
回転エネルギーについて調べた。
ここで、運動エネルギーを回転部分と振動部分に分解するために、
主ファイバー束の接続の概念を用いた。
しかし、接続形式は特異配位ではよく定義されない。
そのため、回転エネルギー作用素も特異配位に対しては特異性をもつ。
これは、上述の遠心力の増大に符合している。
そこで、回転エネルギー作用素を一般の配位で取り扱い、
それを既に特異配位付近での振舞いの分かっている波動関数に作用させて、
回転エネルギーを考察した。
すると、その波動関数の振舞いが、
特異配位付近での回転エネルギー積分の発散を抑えるように、
うまく働いていることがわかった。
なお、振動エネルギー作用素は、特異配位においても特異性をもたない。