Colloquium

ダブルスリット実験と不確定性関係

谷村省吾

5月25日(金) 13時30分

ダブルスリット実験とは,2つの孔をあけた壁に向かって粒子を発射し,孔を通過した粒子が壁の背後にあるスクリーンに到達するとき,粒子の到達位置の分布が干渉模様を呈するという現象のことである.ダブルスリット実験は,1つ2つと数えられる分割不可能な粒子が,あたかも2つの孔を通過した波動のように到達確率において干渉を示す,という量子論の特異性を示す現象としてよく知られている.さらに,粒子がどちらの孔を通過したかを識別するような測定を施すと,スクリーン上の干渉縞が消えてしまう.経路識別が干渉を阻害する効果は不確定性関係のせいであると,しばしば説明されている.
ところが,現在までに不確定性関係の定式化は Kennard-Robertson によるものと,小澤によるものがあり,両者は数学的表式も物理的内容も異なっている.したがって,干渉縞の発生と,粒子の経路の識別とを両立不可能ならしめているのは,Kennard-Robertson の不確定性関係か,小澤の不確定性関係のいずれか? という問いには意味があるであろう.
私は,粒子と測定器を併せた合成系を一つの量子系として扱うモデルを定式化し,その力学を分析することにより,ダブルスリット実験の背後にある不確定性関係はKennard-Robertson 型のものであると今年の2月頃結論した.しかし,その後さらに一般的な観測過程を分析してみると,小澤型と考えてもよさそうだ,という結論に傾きつつある.正確に言うと,位置と運動量の不確定性関係という意味においては Kennard-Robertson 型で,干渉と経路識別の阻害関係という意味においては小澤型と言うべきであろうか.そのへんの研究状況について報告したい.