Colloquium

慣性半径による分子集団運動の縮約と質量由来の動的反応障壁

柳尾 朋洋 氏 (福井謙一センター)

12月1日(金) 13時30分

一般に化学反応や生体高分子の大振幅運動は、分子内の多くの自 由度が協同的に関与して実現する集団運動であり、その発現機構の 解明は分子科学における最重要課題の一つである。この種の集団運 動のメカニズムを理解するためには、分子全体の変形運動を本質的 に支配する少数の集団変数を見出し、それらの低次元の運動原理を 明らかにすることが大切である。また、従来の分子振動論ではしば しば無視されてきた分子の変形と回転の相互作用の効果(ネコの宙 返り効果)を正しく考慮することも本質的に重要であると筆者は考 えている。

そこで本発表では、幾何学的力学系理論(geometric mechanics) と超球座標の枠組みをもとにして、まずN原子分子の(3N-6)次元の 内部運動(変形運動)を3つの慣性半径と(3N-9)個の角度変数を用 いて正しく記述する。ここで3つの慣性半径は分子内の「質量分布」 を特徴づける変数であり、多くの場合、分子の大振幅運動を特徴づ ける「集団変数」の役割を果たしている。一方、残りの角度変数は、 高速に振動する「熱浴的変数」とみなし得る。そこで、角度変数を 平均化することによって、集団変数としての慣性半径に対する3次元 の平均化運動方程式を導くことができる。この運動方程式を解析す ると、熱的に振動(変形)するN原子分子は「内部遠心力」と呼ぶ キネマティックな内力を生み出して、自発的に歪み、かつ膨張しよ うとする普遍的傾向を持っていることが分かる。従ってこの内部遠 心力はポテンシャルエネルギー由来の力に打ち克って分子に大振幅 運動を引き起こす駆動力となりうるのである。そこで我々は、この 内部遠心力とポテンシャル力の競合過程を有効エネルギー曲線とし て一次元の反応経路上に定量化することによって、反応の際に分子 が乗り越えなければならない真の障壁の構造を決定する。以上の手 法は、分子のみならず天体や原子核など様々なN体系の集団運動に 適用可能であろうと期待している。

参考文献
[1] T. Yanao, W. S. Koon, J. E. Marsden, and I. G. Kevrekidis, preprint available (2006).
[2] T. Yanao, W. S. koon, J. E. Marsden, Phys. Rev. A 73, 52704 (2006).
[3] T. Yanao and K. Takatsuka, Adv. Chem. Phys. 130 B, 87 (2005).
およびこれらの論文中で引用している諸文献。